食品廃棄物からペコリーノ風チーズへ 古代の知恵が最先端バイオで復活

食品廃棄物からペコリーノ風チーズへ 古代の知恵が最先端バイオで復活

捨てるはずの食材が、次の“うま味”になる

食品廃棄物と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、家庭の生ごみ、スーパーで売れ残った野菜、レストランの食べ残しだろう。しかし、食品ロスの大きな舞台は、実は私たちの食卓に届く前の工場にもある。豆乳を搾ったあとのおから、植物性ミルクを作ったあとの穀物かす、カカオ豆を加工したあとの殻、砂糖産業から出る糖蜜、エンドウ豆タンパクを取り出したあとのデンプンや繊維。これらは、いままで家畜飼料に回されたり、堆肥化されたり、安価に処理されたりしてきた。

だが、食品テックの現場では、それらを「廃棄物」と呼ばず、「基質」と呼ぶ。微生物が育つための土台であり、発酵によって味、香り、栄養、食感を引き出せる原料だという発想だ。

BBCが報じた最新の動きで注目されているのは、米スタンフォード大学のVayu Hill-Maini氏の研究室で開発された、食品廃棄物由来のチーズ風食品である。牛乳から作った伝統的なチーズではない。菌類による発酵を使い、捨てられるはずだった食品副産物を、削ってパスタにかけられるような、塩味と硬さを備えた“ペコリーノ風”あるいは“パルミジャーノ風”の食品へ変える試みだ。

Hill-Maini氏は、発酵を単なる保存技術ではなく、食材の再設計技術として捉えている。微生物は、糖やデンプンを分解してアルコールや酸を作るだけではない。人間の消化が苦手なセルロースのような繊維を分解し、より消化しやすい物質やタンパク質に変える。つまり、私たちにとって「食べにくい」「価値が低い」とされていた部分を、微生物が別の食材へ変換する。

これはまったく新しい考え方ではない。味噌、醤油、納豆、チーズ、ヨーグルト、ビール、ワイン、パン。発酵は人類が長く使ってきた“古代の食品工学”だ。新しいのは、そこにゲノム解析、AI、精密発酵、バイオリアクター、シェフの官能評価が組み合わさり、産業副産物を高付加価値の食品へ戻そうとしている点である。


カビは「腐敗」か、それとも「料理人」か

この技術の鍵になるのが、Neurosporaと呼ばれる菌類だ。インドネシアには、豆腐作りで出るおからなどを発酵させて作る「オンチョム」という伝統食品がある。そこでは、廃棄されがちな大豆副産物に菌が育ち、食べられる発酵食品になる。Hill-Maini氏らの研究は、この伝統知を科学的に解析し、別の食品副産物にも応用できるかを探る流れの中にある。

ここで重要なのは、「カビなら何でも食べられる」という話ではないことだ。食品を腐らせるカビの中には危険なものもある。家庭で偶然生えたカビを食べるのは危険であり、研究室や食品工場で管理された菌株、温度、湿度、時間、衛生環境のもとで行われる発酵とはまったく違う。発酵食品とは、微生物に任せきりにするのではなく、どの微生物を、どの条件で働かせるかを人間が制御する技術である。

SNSでも、この点に対する反応ははっきり分かれている。発酵に詳しい人々からは、「見出しほど奇抜ではなく、インドネシアの伝統発酵に根ざした面白い話だ」といった肯定的な受け止めが見られる。一方で、一般的な反応としては、「食品廃棄物」「カビ」「チーズ風」という言葉の組み合わせに抵抗を示す声もある。発酵コミュニティではスターター、つまり安全に発酵を始めるための種菌をどこで入手できるのかという実践的な関心も見られるが、より広いSNS空間では「それは本当に食べて大丈夫なのか」という直感的な不安も根強い。

この反応の差は、発酵食品が抱える本質的な課題を映している。科学的に安全で栄養価が高くても、人は「気持ち悪い」と感じたものを継続的には食べない。逆に、納豆やブルーチーズやキムチのように、慣れ親しんだ文化の中では強い匂いや菌の存在が魅力になる。食品廃棄物由来の発酵食品が普及するかどうかは、安全性だけでなく、名前、見た目、香り、食べ方、価格、そして「これはゴミではなく食材だ」と感じられる物語づくりにかかっている。


カカオ殻、エンドウ豆、糖蜜、おから――“残りもの”の逆襲

今回のBBC記事が面白いのは、スタンフォードの研究だけでなく、世界各地の企業が同じ方向へ動いている点だ。

英国のFermtechは、通常なら廃棄されがちなカカオ殻を発酵させ、ココアパウダーの代替品に変えようとしている。カカオ殻にはチョコレートらしい香りが残っているが、そのままでは硬い繊維が多く、人間が食品として利用しにくい。微生物の力で植物組織を分解すれば、香りを活かしながら食べやすい素材へ変えられる可能性がある。同社のCEOは、自分たちを「フレーバーの採掘者」のように表現している。地下から鉱物を掘るのではなく、捨てられてきた副産物から香りとうま味を掘り起こすというわけだ。

スペインのMOA Foodtechは、AIと発酵を組み合わせる。たとえばエンドウ豆から植物性タンパク質を取り出すと、残りの大部分はデンプンや繊維になる。これまでは安価な飼料や廃棄物になりがちだったが、同社はどの副産物にどの微生物を合わせると、もっとも効率よく高栄養の素材を作れるかをAIで探索する。BBC記事では、かつて2週間に1つだったバイオプロセス開発が、現在では1時間に300通りの設計に達しているという説明が紹介されている。食品開発が、勘と試作の世界から、データとシミュレーションの世界へ移りつつあることを示す象徴的な数字だ。

ドイツのMicroHarvestは、糖蜜など砂糖産業の副産物を使い、微生物発酵でタンパク質を生産する。同社は、24時間で高品質なタンパク質を作ることを前面に出しており、ペットフード市場にも展開している。ペットフードは人間用食品より心理的ハードルが低く、同時に環境負荷の削減効果も見込めるため、新しいタンパク質素材の導入先として現実的だ。BBC記事では、糖蜜をプレミアムなペットフードへ変える取り組みや、植物性タンパク質にありがちな苦味を抑えたうま味のあるスナックが紹介されている。

シンガポールのMottainai Food Techは、その名の通り日本語の「もったいない」に着想を得ている。代表的な製品は、豆腐や豆乳を作るときに出るおからを発酵させた代替肉「Jiro Meat」だ。おからは栄養を含む一方、水分が多く傷みやすいため、大量利用が難しい副産物でもある。そこに固体発酵を使うことで、食感やうま味を備えた植物性タンパク質素材へ変える。さらに同社は植物性ツナの開発にも取り組み、微生物の組み合わせによって、豆臭さを抑えたり、うま味や甘味を高めたりしている。

ここで見えてくるのは、食品ロス対策の新しい段階だ。従来の食品ロス対策は、余った食材を寄付する、売れ残りを値引きする、家庭で食べ切る、堆肥にする、といった「廃棄を減らす」発想が中心だった。発酵フードテックは、その一歩先にある。「廃棄を減らす」だけでなく、「副産物を最初から食品原料として設計し直す」発想である。


AIが発酵を高速化する

発酵は古い技術だが、現代の発酵ビジネスはもはや“放っておく”ものではない。微生物のゲノム、発酵温度、水分、pH、酸素量、栄養源、発酵時間、最終的な香りや食感。これらの組み合わせは膨大で、人間がひとつずつ試していては時間が足りない。

そこでAIが登場する。MOA Foodtechのような企業は、副産物と微生物のデータを組み合わせ、どの条件なら高い収率や望ましい栄養価が得られるかを予測する。これは、料理人がレシピを考える作業と、化学工場が生産条件を最適化する作業の中間にある。最終的に求められるのは、単に「作れる」ことではない。安く、大量に、安全に、毎回同じ品質で、おいしく作れることだ。

この点で、発酵フードテックは研究室の話にとどまらない。商業化の壁は高い。菌株の安全性、規制、消費者受容、アレルゲン表示、保存性、味の安定性、製造コスト、既存食品メーカーとの提携、国ごとの食品認可。どれか一つが欠けても、実験室で成功した“未来の食品”は市場に届かない。

だからこそ、Hill-Maini氏の研究室がシェフ・イン・レジデンスやR&Dキッチンを重視している点は重要だ。科学者が「栄養価が高い」と言うだけでは、消費者は動かない。削れるのか、溶けるのか、香りはどうか、パスタに合うのか、料理人が使いたくなるのか。食品としての最終評価は、分析機器だけでなく、舌と鼻と文化によって決まる。


SNSが示す、普及への二つの壁

 

SNSの反応を見ると、発酵フードテックには二つの壁があることがわかる。

一つ目は、安全性への不安だ。Redditなどの発酵関連コミュニティでは、Neurosporaを使った食品廃棄物のアップサイクルに対して、伝統的なオンチョムとの関連を評価する声や、スターター入手に関心を示す声がある。一方、より一般的な食品・カビ関連の投稿では、「発酵」と「腐敗」の違いをめぐる混乱が頻繁に見られる。発酵好きにとっては魅力的な微生物でも、一般消費者にとっては「カビが生えた食品」に見えてしまうことがある。

二つ目は、言葉の壁だ。「食品廃棄物から作ったチーズ」と言われると、どうしても“ゴミを食べる”印象が先に立つ。しかし「おからを発酵させた植物性プロテイン」「カカオ殻の香りを活かしたサステナブルココア」「糖蜜由来の微生物タンパク質」と言い換えると、印象は大きく変わる。実際、私たちが日常的に食べている多くの食品も、もともとは加工の副産物や保存の工夫から生まれた。ホエイ、酒粕、米ぬか、魚醤、チーズの青カビ。文化に定着すれば、それは廃棄物ではなく“素材”になる。

SNS上の懐疑は、技術にとって必ずしも悪いものではない。むしろ、どこを説明しなければならないかを教えてくれる。家庭で偶然生えたカビと、食品製造用に管理された菌株は違うこと。廃棄物といっても、腐った食べ残しではなく、食品工場から出る管理された副産物が中心であること。最終製品は安全性試験と規制を通る必要があること。こうした説明がなければ、発酵フードテックは「面白いけれど怖いもの」のまま止まってしまう。


“もったいない”は、次の産業キーワードになる

この流れは、日本にとっても他人事ではない。日本には味噌、醤油、酒、酢、納豆、漬物、麹といった発酵文化がある。同時に、おから、米ぬか、酒粕、規格外野菜、水産加工残渣など、多くの副産物もある。これらを単に「昔ながらの知恵」として守るだけでなく、現代の食品工学、AI、バイオテクノロジーと組み合わせれば、世界市場に向けた新しい食品素材産業になる可能性がある。

特に注目すべきは、Mottainai Food Techが日本語の「もったいない」を社名に取り入れていることだ。この言葉は、単なる節約ではない。物の背後にある労力、自然、時間、命を無駄にしないという感覚を含んでいる。食品廃棄物の発酵アップサイクルは、この感覚を産業技術に翻訳する試みとも言える。

ただし、過度な期待も禁物だ。食品廃棄物をすべて発酵で解決できるわけではない。発酵に適した副産物と適さない副産物がある。収集・保管・衛生管理にはコストがかかる。消費者が受け入れなければ市場は広がらない。環境負荷が本当に小さいかどうかは、発酵に必要なエネルギー、輸送、冷蔵、包装まで含めた評価が必要だ。

それでも、この技術が示す方向性は大きい。未来の食品ロス対策は、「捨てないように我慢する」だけではなく、「捨てられていたものを、食べたくなるものへ変える」段階へ進もうとしている。環境に良いから食べるのではなく、おいしいから食べる。その結果として廃棄物が減る。そこまで到達できれば、サステナブル食品は義務感ではなく、食文化になる。


パスタに削れる未来

スタンフォードの研究室で生まれたチーズ風食品は、まだ論文発表前の部分もあり、使われた廃棄物の詳細は明かされていない。商業化までには、安全性、規制、製造コスト、味の再現性など、多くの課題がある。

それでも、「削れる」「塩味がある」「パスタに合う」という説明は強い。食品テックが成功するかどうかは、最終的には専門用語ではなく、食卓のイメージにかかっているからだ。人は「セルロース分解によるバイオコンバージョン」を食べたいのではない。「今日のパスタにかけたらおいしそうなもの」を食べたい。

発酵は、腐敗と隣り合わせの技術でありながら、人類の食文化を豊かにしてきた。いま、その古い技術が、AIとバイオテクノロジーをまとって、食品廃棄物という現代の難題に向き合っている。カカオ殻はココア風味の素材に、エンドウ豆の残りはタンパク質に、糖蜜はペットフードに、おからは代替肉に、そして正体をまだ明かせない廃棄物はチーズ風食品に。

食の未来は、完全に新しい原料から生まれるとは限らない。私たちが見落としてきた“残りもの”の中に、次のうま味が眠っているのかもしれない。


出典URL

BBC:スタンフォード大学の食品廃棄物由来チーズ風食品、Fermtech、MOA Foodtech、MicroHarvest、Mottainai Food Techなどの事例を参照。
https://www.bbc.com/news/articles/c78kmj2kyklo?at_medium=RSS&at_campaign=rss

Nature Microbiology掲載論文:Neurospora intermediaが伝統発酵食品オンチョムに関わり、食品副産物を食用化できる可能性を示した研究。
https://www.nature.com/articles/s41564-024-01799-3

EatingWell解説記事:Neurosporaを使った食品廃棄物の食用化、36時間程度の発酵、毒素や味覚評価、安全性に関する説明を参照。
https://www.eatingwell.com/scientists-say-this-fungus-makes-food-waste-edible-8707612

MOA Foodtech公式サイト:AIを使って農食品副産物に適した微生物を選び、発酵で高価値素材へ変える事業内容を参照。
https://www.moafoodtech.com/

MicroHarvest公式サイト:自然発酵により24時間でタンパク質を生産するという同社の技術説明を参照。
https://microharvest.com/

Mottainai Food Tech掲載情報:おからを固体発酵でJiro Meatに変える事業、シンガポール企業としての概要を参照。
https://www.sgfoodmakers.sg/mottainai/

Mottainai Food Tech公式サイト:固体発酵プラットフォーム、食品素材開発、共同開発事業の説明を参照。
https://mtnfoodtech.com/

Reddit r/fermentation投稿:Neurosporaによる食品廃棄物のアップサイクルに対し、発酵コミュニティで「伝統的なインドネシア発酵」として受け止める反応やスターターへの関心が見られた例。
https://www.reddit.com/r/fermentation/comments/1hxo651/neurospora_intermedia_a_fastgrowing_fungus_is/

Redditの食品・発酵関連投稿:一般層では「発酵」と「腐敗」「カビ食品」への心理的抵抗や冗談交じりの反応が起きやすいことを示す参考例。
https://www.reddit.com/r/EatItYouFuckinCoward/comments/1j2pnh7/is_this_cheese/

Grist記事:オンチョム、Neurospora、食品廃棄物を料理へ変える研究の背景説明を補足参照。
https://grist.org/food-and-agriculture/oncom-fermented-fungus-food-waste-solution-study/