なぜ今、ジャケットポテトが世界でバズるのか ― 英国の“地味飯”をSNSがスターに変えた

なぜ今、ジャケットポテトが世界でバズるのか ― 英国の“地味飯”をSNSがスターに変えた

かつてジャケットポテトは、英国で「嫌いではないけれど、わざわざ食べに行くものでもない」という立ち位置の食べ物だった。カフェで無難に選ぶ昼食、家で手早く済ませる軽食、そんな少し地味な役割を担ってきた。しかし今、そのイメージは大きく変わりつつある。ロンドンでも地方都市でも、ジャケットポテトは再び“見に行く”“撮りに行く”“わざわざ並ぶ”食べ物になった。しかもその熱気は英国の内輪受けでは終わらず、TikTokを起点にアメリカを含む海外へ広がり、英国料理そのものの見られ方まで変え始めている。


この復活を象徴する存在が、プレストン発のSpudBrosだ。家族経営のポテト店だった彼らは、若い客層に見向きもされなかった時期に、売り方そのものを変えた。店頭のやりとり、山盛りの具材、熱々の湯気、客との気さくな交流を短い動画で発信し続けた結果、TikTok上で爆発的に拡散。2024年時点で数百万フォロワーと膨大な再生数を獲得し、2026年初頭にはTikTokで約500万人規模のフォロワーを抱えるまでになった。早朝から行列ができ、遠方や海外から客が訪れる現象まで起きている。ジャケットポテトは、味だけでなく“現場の熱量ごと消費される食べ物”へと変わったのだ。


興味深いのは、このブームが単なる“映え”だけでは説明できないことだ。いまのジャケットポテト人気には、物価高の時代における安心感がある。じゃがいもは比較的手ごろで、しかも一皿としての満足感が高い。チーズとビーンズだけでも成立するし、チリコンカン、ツナマヨ、ガーリックチキンのように具材を重ねれば、一気に主役級の食事になる。Waitroseは2025年末、大きめのじゃがいもの売上が前年同期比で3分の1増え、「jacket potato」の検索数が178%増えたと明かした。食のトレンドが“軽さ”や“我慢”から、食物繊維や満足感、素材感へ戻っていることも追い風になっている。


さらにこの料理は、SNS時代と相性がいい。見た目の核になるのは、割れた皮の内側からあふれる湯気、バターのつや、崩れ落ちるチーズ、上から惜しみなくのせられる具材だ。素材は庶民的でも、盛りつけはドラマチックにできる。しかも、トッピングの自由度が高いため、一人ひとりが“自分の一皿”を語りやすい。英国で昔から親しまれてきたチーズ&ビーンズはもちろん、ツナマヨ、チリ、バターたっぷり、あるいは店独自の創作系まで、会話の入口が無限にある。SNSではこの“自分なら何をのせるか”という参加しやすさが、投稿とコメントを生み続けている。


反応の面白さは、英国国内と海外で少し質が違う。英国側では「昔から食べていた」「結局こういうのが一番うまい」という懐かしさと再評価が強い。一方、海外、とりわけアメリカのSNSでは、ジャケットポテトは“意外な英国グルメ”として受け止められてきた。Eaterは2024年の時点で、英国の家庭料理がTikTokで支持を集め、アメリカのクリエイターたちがHeinzの豆を探してまでジャケットポテトを再現している様子を報じている。つまり海外ユーザーにとっては、単なるベイクドポテトではなく、「英国っぽさ」を丸ごと体験するメニューになっている。


その象徴が、“ツナマヨとビーンズはありかなしか”という論争だろう。英国では定番の一つでも、海外から見ると驚きの組み合わせで、SNSでは冗談交じりの拒否反応もたびたび話題になってきた。ところが、こうした賛否こそが拡散の燃料になる。Subwayが2025年に発表した調査では、英国人の57%が「ツナとビーンズは同じポテトに載せるべきではない」と答え、23%が完璧なジャケットポテトをめぐって家族や友人と熱い議論をしたことがあると回答した。さらに若年層ほどトッピングの選び方を“ジャッジ”しやすい傾向も示された。ジャケットポテトは、もはや料理であると同時に、軽いアイデンティティ表明でもある。


この流れが一過性のネタで終わらないのは、個人店だけでなく大手も動いているからだ。Subwayは英国とアイルランド全店でジャケットポテトを展開し、試験導入時の反応とSNSでの盛り上がりが正式投入の後押しになったと説明した。米国でも2025年末には、ベイクドポテトを“サイドではなく主役”として扱う飲食店や業態が紹介され、ローカル色の強い具材を載せた派生メニューが登場している。ジャケットポテトは、単に古い英国料理の復刻版ではなく、いまの外食が求める「カスタマイズ」「満足感」「ストーリー性」を一皿で成立させるフォーマットとして見直されている。


もう一つ見逃せないのは、英国料理そのものの再評価だ。長いあいだ英国の食は、味気ない、茶色い、地味だと揶揄されてきた。だがTikTokでは、その“地味さ”がむしろ信頼感や家庭的な魅力として読み替えられている。Eaterが指摘したように、日曜のローストやチーズトースト、ジャケットポテトのような料理は、安価で再現しやすく、しかも寒い季節や疲れた日に欲しくなる力を持つ。ジャケットポテトの再流行は、単なるじゃがいも人気ではなく、英国の家庭料理が「わかりやすくて、満たされて、共有したくなる食」として世界に届き始めた出来事でもある。


思えば、かつてのジャケットポテトは“無難”であることが価値だった。だが今は違う。素朴な料理でありながら、安さも、遊び心も、地域性も、懐かしさも、論争すらも引き受ける。皮の内側にあるのは、ただのじゃがいもではない。いま人々が食べ物に求めるもの――安心、自由度、会話のきっかけ、そして少しの高揚感――が、そこに詰まっている。ジャケットポテトがバズっているのは、時代遅れの料理が若返ったからではない。むしろ時代のほうが、ようやくこの食べ物の強さに追いついたのだ。


出典URL

  1. ニューヨーク・タイムズ
    https://www.nytimes.com/2026/03/20/dining/jacket-potatoes-uk-food-trend-social-media.html
  2. ジャケットポテト復活の全体像、SpudBrosの拡大、歴史的背景、WaitroseやSNSの話題性を補強した記事
    https://www.theguardian.com/food/2026/jan/22/jacket-potatoes-sexy-again-humble-spud-became-fast-food-sensation
  3. TikTokが行列や海外客を生んだ経緯、SpudBros・Spudmanの拡散力を確認した記事
    https://www.theguardian.com/technology/2024/sep/14/jacket-potato-tiktok-baked-potato-revival-preston-spud-bros
  4. 英国人のジャケットポテト習慣、トッピング論争、若年層の反応、Subwayの全国展開を確認した公式発表
    https://emea.newsroom.subway.com/Press-Releases?item=122611
  5. Waitroseでの大きいじゃがいも売上増、検索数増、UPF回避や“炭水化物回帰”の文脈を確認した報道
    https://news.stv.tv/world/sales-of-jacket-potatoes-and-butter-soar-as-waitrose-costumers-shun-upfs
  6. 英国料理全体がTikTokで再評価され、米国のクリエイターもジャケットポテトを再現している流れを確認した記事
    https://www.eater.com/24056227/british-food-tiktok-popularity-sunday-roasts-jacket-potatoes
  7. 米国でもベイクドポテトが主役化している流れや、Nara SmithなどSNS起点の広がりを確認した記事
    https://www.inquirer.com/food/baked-potato-wine-dive-modspuds-trend-20251230.html